サインは、、、、

大都会の誘惑に負けそうになりながら、やっとの思いで帰り付いたホテルは、
昼間はそうにぎやかな所だとは感じなかったが、
ミュージカルシアターや、映画館、等の建ち並ぶ街のすぐ近くに位置してた。
窓からは、映画などでよく見る、
煙を口から“フーッツ”と出す半分ニヤケタ顔の看板が大きく見えた.
暖かいシャワーを浴びベッドにズリ込んだが、
先ほどまで目の辺りにしていた世界一の歓楽街の喧騒は、
易々とは解放してくれなかった。
街を行き交うハイヒールの音、そしてこちらを見下げながらも誘う目付き、、、
からかう様に横を擦り抜けて行くタクシーのクラクション.
道をとうさんとばかりに出されたピンクの看板.
どれもがこのまま通りすぎたら、後悔するよ、、、と囁いてた。
あの靴とズボンをビッショリにした霙混じりの雨がなかったら、
その誘いに乗ってたかも知れない.
そして逆に後悔していたかもしれなかったが、
あの雨は、それを思い留めさせるのに、充分過ぎるほど痛かった.
他の目的を持って地球の裏側から来た者にとって、
このベッドの中の快感の方が容易く、身分相応だった.
テレビはまた、訳の分からないコメディーをやってる、
まだ笑いに付いては行けない僕が、半分眠りたい気持ち、体を休めたい気持ちと、
街の喧騒は無理でも、テレビの喧騒を楽しみたい気持ちの狭間で葛藤を繰り広げていた.
この大都会の何処に面白い楽器が眠っているか考えると、、、
この地で探し回りたいと考えるとめむけも吹き飛びそうだったが、、、
その気力さえ、闇の中に弾き込まれながら、、、、、。
朝起きると、昨夜の大きな顔の半分ニヤケタ紳士は、飽きずに“スパスパ”続けてる.
昨夜よりも爽やかに見えるのは、どこかで欲望を発散して来たからに違いない.
それ位この街は大きくなんでもありそうな気がしてきた.
まだ半日見ただけだが、それも楽器街の小さな範囲を、、、
ホテルを中心にしたほんと一寸の街を、、、
今日はナッシュビルに飛ぼう、、 
大きさに恐れをなして臆病者の僕は尻尾を降って逃げることにした。
ティファニーも、見ずに、、、
お昼過ぎにラガーディア空港に着き、航空便を調べ、ティケットを購入する.
航空会社の受付けで、ナッシュビルに行きたい事を告げ代金を支払うのだが、
その際にトラベラーズチェクなるものを用意する.
これは100ドル単位での小切手で利用する際、相手に支払うのだが、
銀行で入手する際に一度決められた場所にサインをいれておき、
そして支払う際に再度、別の場所に同じサインをして発行者であることを示すのであるガ、
僕はこのチェックを入手する際に日本語でのサインをする事にしていた.
ナッシュビルへのティケットを購入する際に、そのデスクでサインを入れると、
日本では誉められた事のない文字を、
その係りの女性は、”OH,FANTASTIC!!”目を丸くして驚いた。
“WHAT‘S YOUR NAME? 
I CAN DO IT IN JAPANESE.“ と伝えると、
“SUSAN”と答えたので、“素算、巣残、須山”思い付くだけ、
色々と文字を並べてあげた.
それまで、小さい日本人、、とやや見下し加減の目付きが、
イッペンに尊敬を交えてのそれに変わった. 
サインは、日本語、、、に限る.  かな???