ニューヨーク、アレックス.

グレン・ミラー物語 ― オリジナル・サウンドトラック
彼がこの店のオーナー、アレックスである事は、
すぐに分った.
当時発売されて,人気を読んでたカタログ雑誌のハシリ
“MADE IN USA“で、ギターを抱えた写真が乗ってたからだ。
彼はそのケースをガラスケースの上にゆっくりと降ろすと、
両脇のヒンジを上げ手品を披露するマジシャンのように
こちらの目を覗き込みながらクルリッと回して上部を開いた.
サンバーストのストラトキャスターだ.
彼は、“1956年製、ストラトキャスター、ほぼ新品状態です.“と言った.
確かに、素晴らしい、ストラトキャスターだ.
新品販売時に付いてる,ギターストラップ,
そして使用説明書き,ギタークロス、
何から何までがそのケースの中に揃ってた。
ただ、それがローズウッドネックであり、スリートーンサンバーストである事から、
’60年代のそれであることはすぐに分った. 
“これで幾らですか?”の問いに、、
“このケースも付けて、1600USドラー”との答えが帰って来た。
その遣り取りが耳に入ってたのだろう、
すぐ傍で、ベースギターを見ていた黒人の男性が、
興味深げに覗き込んだ.
“OH!! IT‘S BEAUTIFUL“ 
そう言わせるだけの物ではあったが、それにしても高価すぎる.
“メイプルネックの古いストラトはないのですか?“ と聴くと、
両手を少し曲げて、両側に広げ、口をへの字にしオドケタような、
これも映画でよく見る表情をしてみせた。
“楽器の本”でも、一寸疑わしいギターを誇らしげに見せてたし、
何よりも、お店の前のウィンドウのレスポールが、
“ここで騙されちゃいけないよ!!”と言ってるようだった.
“また見せて、、“と店を出た.
アメリカのそれもニューヨークの楽器店の集まるこの一帯で、
こんなんで取り引き出来るのだろうか???と思ったが、

1976年、世間はそれほどまでに 
”VITAGE GUITAR”に目を向けていなかった。
僕は1970年、学生時代に立ち読みしたアメリカのギター雑誌、
”GUITAR PLAYER”の小さな広告からその興味が始まったのだが、
日本では、”MADE IN USA”や”楽器の本“が出て、
始めて紹介されたに等しかった.
それまでは、大阪の梅田の地下にあった、
中井楽器店、が早くからヴィンテージストラトレスポールをかざってあり、
宮崎、東京を行き来する際に,ウィンドウにへばり付いて眺めた物だった.

アレックスを出て、”WE BUY”“SAM ASH MUSIC“など、
他の楽器店を眺めても、そう掘り出し物には出会わなかった。
通りを幾つか歩くと、段々と日も陰り、寒さが増して来た.
通りの角に“PAWNSHOP”の文字が見えた.
もうシャッターを閉ざしたそのウィンドウには、
1964〜5年製と分るGRETSCHのCOUNTRY GENTLEMANが、
新しい持ち主が表れるのをバーガンディーのボディを晒しながら待っていた.
ビートルズのジョージがその活動中期に抱えてたあの大きなボディーだ. 
状態もそこそこよさそうだったが、今回は標的ではなかった。
それよりも、ニューヨークの繁華街のすぐ横の質屋さん、
今までにどれ位の楽器がこのウィンドウを飾ったろうか、
そして幾人のミュージシャンがその大事な楽器と引き換えに
貰った金を大事そうに持ちかえったことか、、,
ふと、深夜映画で見た、”グレンミラー物語”のワンシーンが頭に蘇った.
雪混じりの雨模様になり始めたニューヨークの街は,
それでも僕を歓迎しているかのように、
夜空を焦がさんばかりのネオンが、輝きを放っていた。