グレイハンドバス

サンフランシスコでの二日間、ほぼ観光客と化した自分を半分後悔しながら
チェックアウトを済ませて、夜遅く、バスターミナルに向かう.
アメリカ映画でよく目にする、グレイハウンドバスに乗る事はこの旅の一つの目的でもあった.
一晩のバスの旅.   
1976年当時、高速道路のそう発達していなかった日本では体験出来ない事だったと思う.
広い、大陸アメリカ、を自分なりに体験したかったのだ.
ティケットを買い、案内された路線番号を探し、バスに乗り込む.
もう何人かの乗客が席に越し掛けている.
空いてる席を探し、真中よりちょっと後の座席に荷物を置き、腰掛ける.
バッグから本を取り出すと、 通路を挟んだ席に、メキシカンと思える若いカップルが座った.
座るが早いか、他を気にする事なく、厚いキッスを繰り返す.
最初は気になったが、こう開け広げに見せられると、すぐに気にもならなくなってしまう.
バスは半分位の席が埋った処で、時間どうり発車された.
サンフランシスコの街を、ゆったりと大きな図体をくねらせて通りすぎる。
ある交叉点で、”グシャン” 鈍い音を発した.  
すぐに前方に目をやると、運転手があわてて車を止めて、
ドアを開け、車外に出ておおきな声で話し始めた。
交叉点で止まったバスに追突事故だ。 
幸い車自体に対した傷もなく、乗客にも被害はなかった。
車外で相手の車の運転手との示談が行われた様子だ. 
10分位止まったままでいたが、ドアを開けて運転手がバスに乗り込んでくると、
なにやらおおきな声で、乗客に説明をして、前の方から小さな紙を配り始めた。
手渡された紙を読んで見ると、
事故の状況に関する乗客への質問用紙だ.
"貴方は事故を目撃しましたか?"
"事故はバスの運転手、相手の運転手どちらに非があるとおもいますか?"
"運転手の対応はいかがでしたか?"
等など、10項目くらいの質問が並んでいた。
バックからボールペンを取り出して、その質問に答えをかき込もうとすると、
通路を挟んで座っていた、メキシカンのカップルが、
人差し指で肩をつついて、
"EXCUSE ME" 紙に書いてある英語がよく分からないらしい。
書き方を片言の英語で説明して、ボールペンを貸してあげると、
”YES,””YES,””YES,”と書き始めた。
"ちょとそこは ”YES” じゃ分からないよ、、"と途中書き治して貰ったりしながら、
何とか書き終わると、”THANK YOU”と言いの越して、又 始まった.
いい気な物だと、半分うらやましくも想いながら、自分に渡された紙の質問に答えを書き、
そのメキシカンの答えと共に、後ろから廻ってきた紙に添えてバスの前にいた運転手に渡した.
一寸小太りの運転手は済まなそうに上目使いの顔で受け取った.
あんたの性じゃないから、、”DON’T WORRY”と声を書け、席にもどった.